時の流れは早く、あの悲しい事故の日から1年の歳月が流れて、旬日の内に一周年を迎えようとして居ります。
この間、上野村は、身元識別が不可能となった御遺体を法の定めるところによって葬送すると共に諸霊を御遺族と共に永代供養する立場に置かれることになりました。
このことに伴って、上野村民は、去る12月21日、御遺骨を村に迎えて以来、如何にして御霊を祭り慰め供養すべきかと、想いを廻らし且議して、本日を予定して慰霊の式典を挙行する準備を進めて参りました。
然しながら、約7か月の期限の中で、計画の大綱を纏め、法人を設立し、位置を決して用地を求め、設計を練り、資金を調達し、発注施工して、その構えを整えることは、中々に難事でありました。幸いにして、多くの方々の博愛の心に発する指導、援助、協力を戴き得て、今ここに納骨を終え祭壇を設けて、財団法人慰霊の園の名に於て式典を挙げ得ますことは、誠に感謝、感謝感謝の至でありますと共に、上野村民の真心を表し得たものと拝します。
諸霊願わくば、天降りまして我等の意の存する所をお汲み取り下さい。顧みて事故の日を想えば、故障発生後諸霊が思い悩まれた機内の様子が偲ばれ、墜落後の御巣鷹の尾根の惨状が目に浮かび、最愛の人を失って悲歎にくれる御遺族の姿に悲涙が流れます。噫、何たる悲惨、何たる無情、人の世は無常とは申せ、尚幾多春秋に富んで人生に成すべき所多い520もの命が、断ち難い恩愛の契を事故ゆえに無残に断ち切られた心中を察しては、誰か血涙を禁じ得ましょうや。
上野村の天地はこの情に沈んで、人も山も川も過去一年を喪に服する心で、只管諸霊を祭り慰める道を考究し、参拝に便利なここ中越、村山の丘を諸霊の墓所と定め、納骨堂、慰霊塔を中心とする霊園を建設して参りました。それは、我等が子々孫々まで、諸霊を祭り慰めて、供養を忘れること無き為であり、且は大事故の戒めを末代に伝えて、万民と共に空の安全を希求せんとするが故であります。
上野村民は、今諸霊をこの地に祭り得て厳かに祈ります。諸霊願わくば、この地に心安かに眠り、我等と共に上野村の天地に懐かれ給えと。
更に願わくば、御遺族が諸霊との別離の悲しみを乗り越えて、幸福で意義ある人生を築くためには、幾山坂の苦難を克服して進まねばなりません.御遺族に勇気を与え給え。今御霊前に立てば、事故の被害の及ぶところ大なるをしみじみと感じます。事故は力の限りを尽くして防がねばなりません。この反省、この決意と実行こそ諸霊に捧げる最高の供物と信じます。
関係者一同は厳粛に誓っています。事故の撲滅に力の限りを尽くしますと。諸霊もって御冥福せられ、天界より導いて過ちなからしめ給え。
終りに私は、諸霊と上野村民との交わりが、霊界と現世と遠く離れて始まったことを悲しく思います。我々は霊の存在を信じ真心をもって諸霊を供養申しあげます。
庶幾くば安んじて 眠り給え