無量山 西光寺
むりょうざん さいこうじ


ご本尊・阿弥陀如来


本堂内


西光寺・本堂

  
所在地
 〒699-0711 島根県出雲市大社町杵築南959 0853-53-0303
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住 職
 吉田富勇(よしだ ふゆう) 10世

開 基
 天文年間、神光寺8世一峰宗善和尚。寛文年間に火災のため年号など不詳。

本 尊
 阿弥陀如来(石像)作者不詳。
 脇立大権修理菩薩達磨円覚大師。本尊、雲陽誌に弘法大師作とある。

建 宇
 
本堂一宇、庫裏一宇。本堂、庫裏とも平成2年3月に再建。

由 緒
 天文年間室町時代(1532年〜1536年)、神光寺8世一峰宗善和尚により開山されたが、寛文年間(1661年〜1673年)に焼失した。
 宝永7年(1710年)、僧隆田和尚により再建された。それまでは神光寺より、代々僧侶が派遣されていたが、宝永7年再建された時より寺基が定まり、住職が居住することとなった。
 慶応2年(1866年)7月、寺大破し第3世哲隆和尚これを再建する。
 明治7年(1874年)、杵築村に小学校が4校開校、内当寺を杵築女子小学校と称した。
 明治14年(1881年)9月9日夜、本堂を焼失。
 明治16年(1883年)、元出雲大社上官、富村雄家を移築し、本堂として再建された。
 大正2年(1913年)秋より俳人、原石鼎(はら・せきてい)、1年余り起臥する。
 昭和21年(1946年)12月21日未明4時19分、南海大地震により本堂半壊、翌年3月15日起工、震災復興する。
 現住職、昭和52年(1977年)に入山し、約470年の法灯を守っている。

その他
 原石鼎(明治22年〜昭和26年)について。高浜虚子が主宰した俳句雑誌「ホトトギス」は数多くの有力作家を輩出しが、その一人。大正10年(1921年)「鹿火屋(かびや)」を主宰し、俳壇に不動の地位を築いた。出雲市塩冶町の出身。現在、大社町宇竜のおわし浜の手前に石鼎の句碑がある。
−磯鷲はかならず巌にとまりけれ−
墓所は出雲市塩冶町821、神門寺にある。




行事等
 盆施食会と地蔵尊祭・・・8月9日。

  


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